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zoom RSS 大山の人車軌道

<<   作成日時 : 2010/04/05 23:48   >>

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 軌道には「蒸気、ディーゼル、電気」で動かすのが多いが人車軌道とは人力による動力で軌道上を客車や貨車を動かす軌道である。

 明治30年代旧大山村、上滝町の有志が、石灰輸送のネックを打開し、同時に地域産業の振興と、立山登山、立山温泉客の交通の便宜を図るために鉄道の導入を計画した。

 しかし、当時の山村の零細資本では建設費が最も安価な鉄道しかも人力による「人車軌道」を建設する事しか出来なかった。

 明治30年8月20日付けで「上新川郡大山村大字小見村ヨリ同県同郡同村大字東文珠寺村ニ至ル間、別紙命令書ヲ遵守シ人車軌道ヲ営ムコトを特許ス」と特許状が下附された。

 軌道の幅員は内寸2尺5寸(75.75p)、延長七哩(東文珠寺村〜小見村11.2q)であった。

 明治33年(1900)6月から運行に入ったものと思われる。

 今回探訪したのは地図上の@(人車軌道岡田隧道跡)を主にしてA(松木発電所導水管上に残る軌道橋跡)、B(人車軌道組合他の発起で建立された観音像)を見てきました。(とやま廃線紀行2Pより)
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 東小俣側から見た人車軌道隧道跡及び人車軌道跡(平成20年12月4日撮影)
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 岡田側から見た人車軌道隧道跡及び人車軌道跡(平成20年12月4日と平成22年3月30日撮影)
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 わかりにくいが…岡田側から東小俣側を見た人車軌道隧道跡(平成20年12月4日撮影)
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 平成元年撮影時?と比べると…隧道が大分埋まって来ているのがわかる。(おおやまの歴史556Pより)
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 この人車軌道隧道跡100年以上前に立派な石組で作られており更に富山県内でも明治30年代建設当時の姿で残されているトンネルというのは皆無だと思うので文化財として保存してもらいたいが…。

 ところでこの人車軌道隧道跡場所がわからず…古老に聞きましたら場所を知っていました。

 場所は上野〜安蔵に向かう途中で東小俣発電所取水口があるが…それから…少し手前の所にあります。地方道富山・上滝・立山線岡田入り口手前から見るとここになります。
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対岸を見ると横江温泉志鷹ホールが見えます。
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 次に唯一?軌道跡がわかる松木発電所導水管上に残る軌道橋跡(立山軌道時代)へと向かい撮影。
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 最後に河戸(水須)に向かい集落カマテ(上)にある昭和4年(1929)日本海電気(当時)、軌道運送組合、石灰堀工人夫他の発起で建立された石の観音像を撮影。
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 最後に簡単に人車軌道の歴史を書いておきます。

明治30年(1897) 8月30日 人車鉄道布設し運輸営業の特許を与える。

明治31年(1898)12月26日 資本金五万円にて下山(したやま)石灰株式会社設立登記。(本社大山村東文珠寺村1181番地)

明治32年(1899)10月11日 下山石灰株式会社軌道布設特許権を譲り受け「東文珠寺〜中地山間」五哩二〇鎖(8.442q)」の建設を決定。
           11月 8日 東文珠にて人車軌道起工式を挙行。

明治33年(1900) 6月頃   運行開始したものと思われる。(県内2番目の私鉄
            8月 1日 中地山〜小見間の建設工事届けを提出。

明治34年(1901) 3月     社名を「新川軌道株式会社」に改称。中地山〜小見間の建設工事竣工起源延期
願い届けを富山県知事に提出するも却下される。

明治42年(1909) 1月 7日 東文珠寺〜松ノ木間の軌条撤去決定、解散登記を行う。

            4月10日 新会社「大山軌道株式会社」誕生。

明治43年(1910)10月     建設工事届けを提出。延長五哩三鎖(1.669q)河戸〜松ノ木間の直通運転開始。

大正 7年(1918)12月     大山軌道株式会社から河戸〜松ノ木間の軌道の譲渡を受けた立山軌道株式会社が成立(本社上瀧町上滝400番地)。

大正 9年(1920) 5月     「大山軌道株式会社」解散。

昭和 2年(1927) 4月13日 立山軌道株式会社会社解散決議決定。
           12月25日 解散登記。
                   残された横江〜河戸間は「軌道運送組合」の手に引き継がれる。

昭和20年代〜30年頃     人車軌道が姿を消す。    

参考文献「おおやまの歴史」552P〜559P、「富山廃線紀行」2P〜7P

地図の印の場所は人車軌道隧道跡である。

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コメント(2件)

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初めましてm(_ _)m
私は富山県内の隧道を探索している、険酷隧と申します。
色々と検索していて貴殿のブログで、大山の人車軌道隧道を知りました。
本日の午前中に現場に行き、隧道を現認してきました。

想像以上に内部は綺麗で、何度も補修したかと思ったほどでした。
埋没してしまう前に、遺構として保存されるといいですね・・・。
険酷隧
2011/04/29 15:31
険酷隧様
初めまして。

ブログを読んで下さりましてありがとうございました。書きましたとおり「とやま廃線紀行」(桂書房刊)で初めて知り古老に聞いて私も行きました。よく通る道なので意外でした。
 地元の古老には対したものでは無いかもしれませんが…遺構として保存してもらいたいですね。おそらくこのままでは…ねぇ。
趣多馬
2011/04/30 20:52

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