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zoom RSS 佐々堤(さっさてい)

<<   作成日時 : 2010/11/11 21:46   >>

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この赤線が佐々堤か間違っていればご一報を
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 平成22年10月22日この日は親父の病院で中央病院→不二越病院とハシゴ

 その帰りに常西合口用水横を通ったら…

 水が流れていない

と言う事で思い立った水が流れていない佐々堤の撮影に向かいました。

ところで佐々堤とは

 そのころの富山城の西を流れる常願寺川は毎年のように氾濫を起こし、付近の住民を悩ましていた。成政は上流の馬瀬口で分流を造った。それからは常願寺川は氾濫せず、周囲は開拓され住民は成政に大変感謝したという。分流地点に築かれた石堤二十五間は佐々堤と呼ばれている。この工事は三面玉石張りの霞堤で、当時の工事としては画期的なものだったらしい。また、この下に成政が自分の名を刻んだ巨石を埋めたといわれ、また自身も昼夜を問わず農民らと働いたという。
以上
 佐々成政
http://www.geocities.jp/hokuriku1970/sassa.html

 突端を切った不連続堤防の霞堤。低幅40m、高さ10m、長さ150m余り(推定)。3面玉石張り構造。当時の治水工事としては画期的なものでした。この工法で世界最初といわれているのは、甲斐(現山梨県)の武田信玄が天文11〜弘治3(1542〜57)年富士川上流釜無川に築造させた通称・信玄堤があります。現在も常西合口用水路の川底に堤防の頂部(天端)が確認することができます。
以上
 常願寺川フィールドミュージアム「佐々堤」
http://www.toyama-mlit.go.jp/siryo/r_guide/jyouganji/page/jy0001.html

 合口用水左岸にある表示板
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 合口用水右岸下にある表示板
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 合口用水右岸土手にある表示板
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 佐々成政と言えば旧大山町では一番有名な戦国武将であり他にも鍬崎山埋蔵金伝説が有名で祭りとして「佐々成政戦国時代祭り」が毎年行われています。
 立山黒部アルペンルート美女平〜室堂線の鏡石平下の弥陀ヶ原高原が一望出来る場所から見た鍬崎山(鍬崎山の上に見える山は白山・2702b)
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