趣多馬激走(したばげきそう)

アクセスカウンタ

zoom RSS 長瀬城(旧大山探訪[中世城館・番外記憶編])昭和52年か53年頃ゴールデンウィーク中訪問

<<   作成日時 : 2011/08/10 23:03   >>

ガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 0

 私が昭和52か53年頃ゴールデンウィーク中に「長瀬城」へ連れて行ってほしい…と地元出身の方にお頼みして連れて行ってもらいました。

 条件としまして…「その後は山草採りのお付き合いをするように…」を交換条件にして連れて行ってもらいました。

 どこをどう通って行って現地に到着したか忘れてしまいましたが…現地に到着しますと
画像
画像

写真手前の様な昔の住居跡の基礎の土盛りが確認出来ました(この写真は長瀬城の写真とは違うが当時自分が見たイメージに一番近い写真がつい最近撮影出来たので掲載。現地には奥に写っている様な山は無く住居跡のみが平らに残っていました)。

 平成20年12月3日訪問の文殊寺城を探訪するまでは

文殊寺城=西小俣城(小字城割は西小俣地内にあるから)=長瀬城

かなと思っていたが…イメージと違う…

文殊寺城は昔、マツタケ採り(結局無駄足)の際にに通った道に似ている…ということで文殊寺城探訪時に古老に尋ねに行って来ました

文殊寺城探訪の記事はこちらから
文珠寺(長瀬)城(旧大山探訪[中世城館@]第2回・平成20年12月3日訪問)
http://aruotoko.at.webry.info/200812/article_8.html

 答えは
 「長瀬の入り口から上がって行って畑の横通って行ったろ!もう忘れたか?」その場所の地名聞いてみましたらアブルシと地元(長瀬地区)では言ってるみたいです(標準語の正式小字名称は若藤割の事でしょうか)。

 今回当時見た長瀬城のイメージに近い基礎の土盛りの風景を発見、写真を撮影する事が出来ましたので今回は記憶編という事であえて掲載しました。ご了承下さい。

 いずれにしましても私の中世城館探訪の原点は小学○年生の時初めて読んだ「日本城郭全集6」(人物往来社、1968年刊)に興味を持ち、そしてこの「長瀬城」探訪から始まりました

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ガッツ(がんばれ!)

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
歴史の伝承
 今日通夜に参列して来ましたが、昔を知る人がだんだん鬼籍に入っていきます。 ...続きを見る
趣多馬激走(したばげきそう)
2011/11/30 23:24

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
長瀬城(旧大山探訪[中世城館・番外記憶編])昭和52年か53年頃ゴールデンウィーク中訪問  趣多馬激走(したばげきそう)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる