趣多馬激走(したばげきそう)

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zoom RSS 地鉄立山線に残る廃隧道

<<   作成日時 : 2011/12/07 15:58   >>

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注意
 私が書いているブログの探訪先は熊、猪、猿、羚羊…の野生動物、自然の驚異…に晒されます。今回の探訪場所は公共交通機関(富山地方鉄道)の真横になります遮断機、警報機なども無いので私は時刻表を持ち、線路を横断する可能性がありましたので、事前に電車来る時間を確認しながらの探訪でしただが、遅延、作業車通過等時間関係なく通過する可能性大で危険です…。管理人は一切の責任を負いません


 時刻表はこちらから
http://www.chitetsu.co.jp/train/timetable/senbetu/select_rosen.html

 私の目的は埋もれた歴史の現況を報告する旅であります。

 
 地鉄立山線の本宮駅から立山駅に向かう間の左方向に写真の隧道があります。
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 11月22日地鉄電車に乗る機会がありまして偶然に発見

 険酷隧に魅せられて・・・。
http://ameblo.jp/ken-koku-zui/
 のサイト管理人の険酷隧様との合同探索の為のネタとして11月23日に単独探訪して来ました

 隧道場所は立山大橋から左岸下流を望んだここにあります。
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 本来なら本宮駅から川原に降りて道沿いを歩くか、車道もあるので車でどっかから入って来ればいいが…ダラクサイ(面倒臭い)ので私は真下に歩いて降りました(山草…で慣れていますから)
 8:47趣多馬1号を停車させて
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 8:48左岸のここから探訪しました
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 8:53右手に地鉄の鉄橋が見えて来ました…
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 という事は探訪場所がずれているという事で軌道修正しました  
 8:57隧道入り口を望める場所に到着
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 9:04電車立山行を見送った後に線路を渡り反対側から本宮側隧道坑口撮影
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 隧道内部
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 同じ写真の解像度をました
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 残念ながら奥の状態はわからず

 奥へ行ってみたかったが…長靴がこの状態では奥に入れずこの日は断念
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 9:29ここが富山地方鉄道の仮駅、金谷駅(『ふるさと再発見T・178P』記載)跡なのか近辺を確認したが…証明するものは何も出なかった
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 9:39今度は線路を横切らないように真直ぐ上に登りましたで、立山大橋左岸のこのポールの下に出ました
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 9:41今度は立山駅側坑口の調査の為に再び道路を横断してこの場所から降りました
 9:48下の川原にある道まで出たがこの日は出口坑口はわからず
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 10:01結局立山駅側は何もわからずに車駐車場所に戻りました
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 以上11月23日の探訪報告でした。

 後日、11月27日に険酷隧様との合同探訪(これも入口にて断念)、12月4日に隧道奥まで単独探訪として来ました
 探訪記録後日UPします

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんわ、muneo殿。
私も若い頃(20代)激ヤブの廃墟同然だった魚津の松倉城跡をうろついていて変人扱いされてましたが、時代が変わったというか今はメジャーになりましたですね。
廃隧道にももっと光があたる時代になればと思います。
まっちゃん
2011/12/08 21:53
まっちゃん様
こんばんは。まっちゃん様が20代の頃と言いますと私が長瀬城跡に連れて行ってもらえました頃でしょうか?

私はいまだに変人扱いです…。
確かに廃隧道等歴史のあるものにもっと光が当たれば良いかな?と思います。
趣多馬
2011/12/08 22:00
どうも返事が遅れました、年末はバタバタしてます。
趣多馬殿が長瀬城跡に行かれたのが今から34年前とすると私が廃墟巡り始めたのが22才の頃でしたからもう少し古いかも、バイクで未舗装の林道を走ってました。
ところで現在は長瀬城跡って存在してるんですかね?

まっちゃん
2011/12/09 13:28
まっちゃん様
お疲れ様です
確かにまっちゃん様が団塊の世代で22歳頃から探訪…という事は私よりも絶対に古いですね
その前後ぐらいから山里を降りる方々が増える⤴まさに激動の時代を直視してきたのですね
長瀬城につきましては子供の頃のうろ覚えですからなんとも…現地もわからないです
ある本によりますと柵の跡みたいな事も書いてありました

只、個人的な意見ですが開発もされていないと思いますので遺構はまだ残っていると思いますよ…多分
趣多馬
2011/12/09 23:20

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