趣多馬激走(したばげきそう)

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zoom RSS 我が家の観音はん

<<   作成日時 : 2015/08/15 19:12   >>

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 タイトルでは我が家ながら…実際は母親の観音はん(様)になります

 先日14日に我趣多馬系の三基、今日はニョボ系の二基のお墓参りに行って来ました

 その際に母方のお墓お参りした時に…この石仏何だろう
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 face bookで聞いてみようかと書き込み、書き込みが一件、わからないとの事でしたので、ダメ元で母親に聞いてみました

 すると以下の様な回答が…
『あれは観音はんだよ。ばぁ〜わ(私の祖母)が建てたんだよ当時上滝にNという石屋があって(現在の観音堂の向かいにあった)そこに頼んで造ってもらったいつ頃造ったかってわからん。おらの生まれる前だし、アンマ(母の兄)の生まれる前だから建ててから80年はたっとる。本当は別の場所に建てたかったが、他人の敷地になるし、参ってくれる人が少なくてもここで建てれば自分の敷地になるから…。お墓今のに建て替える時に観音はんカヤレ(倒れ)て鼻が一部欠けたがんよ
との事でした

 何故、私の祖母が観音様を建てたのか昔から信仰心が篤かったのは間違いないのですが、ある悲しい出来事(話の中身は知っているがここでは記載せず)が祖母におこり、それゆえ建てたのであります。

 私は
『ジイマと一緒に建てたのではないのか
と聞きましたが
『なぁ〜んばぁ〜わ(私の祖母)が建てた
との事でした

 この話の詳細は母の兄弟にとっては生々しかったので、私の母も全ての事実を聞いたのが祖母の最晩年でした

 現在私の母親も重病なので、今回の話は聞けるうちに聞けて良かった…と思っています

 地元大山の歴史も大事ですが、私の身の周りのホンの小さい事でも聞いておかねば、もしかして従兄弟の子供等から聞かれた場合にしっかりと答えれるようにしておかないと…。

 追伸としてface book

『手に持つ荷物は何だろう

と書き込みがありましたので私は

『風化しているのでわかりませんがパッと思い浮かぶのは…子供かもしれません

と書き込みしますと

『そうですね。子安(こやす)観音と見れば納得

と返事がありました

 これで氷解しました
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 もう一度母親に確認してみたところ、子供を抱いているのではなく、蓮の花を3本か4本抱えているそうです

 でも建之経緯からして私の推測では祖母は子安観音としてこれを建てたのでしょう

 K様ありがとうございました


参考文献
 大山の歴史と民俗第2号

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