趣多馬激走(したばげきそう)

アクセスカウンタ

zoom RSS 中ノ寺住宅取り壊し

<<   作成日時 : 2014/10/04 20:57   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 2

画像
画像
 今日仕事の帰り道に昭和40年代の住宅需要増の要望に応えて建てられた住宅が取り壊されている…との情報をS・Mさんより聞いたので急遽写真撮影に行って来ました

 場所は旧大山町中滝の中ノ寺

 こちらは地図と『広報 大山』昭和44年6月30日号の記事より
画像
 上記画像拡大の入居したての中ノ寺住宅
画像
 この番地を見ると全部で13軒かつては建っていたのかな
 
 中ノ寺住宅の平面図はこちら
画像
 この中ノ寺昭和43年に5戸、44年に更に6戸建設…と書いてあります(『大山の歴史』より)

 この中ノ寺住宅の前には昭和61年2月に『とやまの名水』に選ばれている『中ノ寺の霊水』 があります

 40年程前に母親に連れられて来た事があったな

 今度は『中ノ寺の霊水』も見学だなただ、この『中ノ寺の霊水』は管理が悪く今は飲用禁止です

 で、広報大山縮刷版昭和35年12月10日号を読んでいると気になる記事が
画像
 ここはかつての屋敷跡になるのか

 2、3年くらい前から無人になっていた中ノ寺住宅

 おそらく明後日に取り壊し完了してひっそりとその役目を閉じるのでしょうね

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
何でこんなところに?と思うような中途半端な場所です。しかし家を建てたい人には、大変助かったでしょう。それを思うと、建設から既に40年以上経過し、老朽化で取り壊しも止むを得ないですが、住んだこともないのに何か切なくなってきます。跡地、どうするのでしょうか。

40年前というとまだ砂利道だったですよね?この道も拡幅前の痕跡を所々残しています。
畑九朗の屋敷跡、"高台"とあるのでもっと上では?

ps:
火葬場、下2点、長瀬の北外れと判りました。母方祖父の家が昔ここにありました。
古絵図ギャラリーは当時の人の地形認識が解って面白いですな。
長棟も数年前に文化財調査の手伝いで訪れた折、「ふるさと再発見」を参考にしています。
ここでも数箇所記録撮影を行ってきましたが、精査しないと は発見できないかも。
S3500
2014/10/17 18:23
S3500様 こんばんは
いつもコメントありがとうございます

跡地はそのまま放置でしょうね

ところでS3500様は現在は大山在住でないのですね

険酷隧さん繋がりでココに来ました。
大山町は、母、祖母の出身地であり、熊野川流域だけですが、馴染みのある地域です。

今回のコメントと初めてのコメントにたいし私は興味津々です

もしよければホットライン繋ぎませんかコメント公開しませんのでもし宜しければ連絡下さい

あるいは険酷隧さんに私の正体確認してからコメントもらえますと嬉しいです

コメントお待ち申し上げます
趣多馬
2014/10/17 21:47

コメントする help

ニックネーム
本 文
中ノ寺住宅取り壊し 趣多馬激走(したばげきそう)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる